学術手話通訳のための実践セミナー(第1回)

シンポジウムの通訳場面

意味をつかむ

障害のある学⽣はちゃんとものも言わないといけないし,そこに私たちは権利保障という視点で,いわゆる向かい合っていく,公平に議論していくということは当然必要なんですけれども…

ここで『ものを⾔う』の「もの」とは何を指しているのでしょうか。それをよく考えて,訳出する必要があります。ここで⾔っている「もの」とは,「⾃分にとって必要な⽀援内容」ですから,それを具体的に意思表明として伝えなければいけないという意味になります。

そこには必ず共通言語が必要だと思ってます。で,その共通⾔語というのは,どういう⽀援をするかというよりもその⼤学が⾏っている単位認定ですね,・・・

ここでいう「共通⾔語」とは,⽂字通りの「⾔語」と⾔う意味ではなく,先⽣と学⽣との間での⽀援に対する考え⽅や認識の共有という意味です。⼿話表現としては同じ「⾔語」であっても,その意味の違いを通訳者が認識していなければその後に続くセンテンスを正確に訳出することができなくなります。

主語の明確化(1)

この場⾯では,⼤学,障害学⽣,障害学⽣⽀援担当者,の3つの⽴場が登場します。「誰が」「誰に」「何をする(される)」をわかりやすく⽰すには,RS (レファレンシャル・シフト) 表現を使⽤するのが効果的です。訳出において,⾃分がどの⽴場の役割で何について話しているのかを明確に演じ分けて,表出しましょう。

話題を区別して表す

⼤学は単位認定と卒業資格を渡すということによって・・・認定機関なわけです。

この部分では,障害学⽣⽀援から離れて,⼤学といえば,という⼀般論を説明しています。その⼀般論を受けて,障害学⽣⽀援の場合の話に戻るという流れをはっきりわかるように表出しなければ,聞き⼿が混乱してしまいます。

意味をとらえた表現を(1)

どのような定義に基づいてしているのかということを全員が共有しておく,それをできるだけ記述して共有しておくという必要があるということです。

「全員」というのは,障がい学⽣,教員,⼤学のことです。⾮常勤講師も含む関係者全員ですね。⼤切なことなので,落とさないようにしなければなりません。⾳声が早⼝で⼿話が追いつけない場合は,聞こえた単語を全て並べるのではなく,意味をとらえ,ろう者らしい表現に変えれば,表現を短縮することができます。ただし,専⾨⽤語を伝えなければならない場合は別です。

翻訳について

⼿話通訳という⾏為について,⼿話通訳者のみなさんの中には「要約する」という⾔い⽅をされる⽅がいらっしゃいますが,通訳や翻訳というのは,話者の話から何かを省いたり(要約),あるいは何かを付け加えたりするといった作業ではありません。通訳作業とは,話者の話を聞いて,あるいは⾒て,話者が伝えようとしている「コト(事象)」を正しく理解し,その理解した「コト(事象)」を,伝える相⼿の⾔語で表出することなのです。 起点⾔語⽬標⾔語が異なれば,起点テクストと⽬標テクストが異なるのは当たり前ですが,これは「要約」や「通訳者の勝⼿な付け⾜し」ではなく,⾔語変換にあたります。⼤学は単位認定と卒業資格を渡すということによって・・・認定機関なわけです。どのような定義に基づいてしているのかということを全員が共有しておく,それをできるだけ記述して共有しておくという必要があるということです。
下記の⽂章の訳出を例にとります(⽊村先⽣の訳出表現に注⽬してみましょう)。

これ具体的にどういうことかというと,障害学⽣⽀援というのは,ときに卒業させるための支援になっている場合があるということです。

よくありがちな訳出は,「時/卒業/⽬的/⽀援」という表現ですが,これでは「コト(事象)」を正しく伝えられていません。本来は障害学⽣⽀援に関わる関係者が卒業をどのようなプロセスや定義に基づいて認定するのかが共有されたうえで修学⽀援が⾏われなければいけないにもかかわらず,それらのことを差しおき,卒業要件を満たしているかどうかに関係なく卒業ができるような過剰な⽀援を⾏っているというニュアンスが訳出表現に含まれていなければならないわけです。それらを反映した訳出例が,「かまわない/卒業/かまわない/卒業/がんばる/卒業/どう/」です。RS が組み込まれていて,直訳すると「(学業状況がどうであるかにかかわらず)卒業してもいいよ,がんばったから卒業させてやったらどう」といった⽂意の訳出表現となっています。「かまわない」「がんばる」といった語は,起点テクストの⽂意を変更する通訳者の勝⼿な付け⾜しではなく,⽇本語から⽇本⼿話への「コト(事象)」を正確に伝えるために必要な表現ということになります。

できるだけ記述して共有しておくという必要があるということです。これ具体的にどういうことかというと,障害学生支援というのは,ときに卒業させるための支援になっている場合があるということです

話題転換の明示

なにげなく聞こえてきた⾔葉を⼿話単語に変えて表出しているだけでは,トピックの構造が⾒えてきません。ここでは⼀⾒すると順接で⽂章が続いているようにみえますが,そうではありません。「単位・卒業認定のプロセスや定義を関係者で記述して共有することがなぜ必要なのかというと,ときに障害学⽣⽀援は単に卒業させるための⽀援になっているという問題が起きているから」ということです。ですから,訳出するときは,この2 つの⽂の間に,/話が変わって/,/なぜかというと/といった表現をはさむ必要があります。

内容理解をふまえた表出

⽇本の雇⽤慣例というのはいわゆるメンバーシップ型雇用と⾔われるように,採⽤するときにその職務が定義されないんです。・・・これははっきり⾔って障害のある⼈たちにとっては大問題です。

「メンバーシップ型雇⽤」とは何か,対⽐される概念は何か,など,内容をしっかり把握したうえで,ろう者が「あの事を⾔っているのだ」とわかるように表出しなければなりません。
なぜ「⼤問題」なのか,単語を並べるだけではなく,背景までしっかりつかんで表出しましょう。

主語の明確化(2)

職務が定義されてないので合理的配慮を考えようがないということです。

主語は障害学生なのか,会社なのか,見ていて分からない。話の流れを考えて明示する必要がある。

意味をとらえた表現を(2)

おそらく私たちはその大学の在り方であるとか,あと職業の在り方,そこでの求められる,いわゆるジョブディスクリプション,職務定義ですよね,の在り⽅ということにもやがて向かい合っていかないといけないし・・・

通訳者が,主語は誰か,関係性はどうなっているのかなど,表⾯的な⾔葉の奥にある話者の真意をつかまなければ,理解できない表現になってしまいます。「⼤学の在り⽅」と「職業の在り⽅」がどのような関係にあるのか。「私たち」とは誰のことか。話者が⾔いたい意味をきちんととらえて,表出しましょう。

固有名詞の訳出

アメリカのシェリル・バーグスターラーという⼈がLD 学会の基調講演で出してくれた資料なんですけど・・・

学術⼿話通訳では,聞き慣れない外国⼈の⼈名や機関,名称が起点テクストに含まれます。通訳の受け⼿が求める情報ニーズや知識に応じて,どのレベルまで詳細に表出するかを考えなければなりません。今回は,学会での通訳なので,ここに出ている⼈名は聴衆の間で共有されているであろうことを念頭において,⼈名を表出したほうがよいでしょう。表出する場合のコツは, マウジングをはっきり表すことです。そして聞き⼿に対する確認の NM(視線)も⼤切です。

⽐較内容を意識する

高校までは学校が⽣徒の障害とニーズを特定してアセスメントを⾏う義務があると。ところが,⾼等教育,大学に入ると⽣徒が⾃分で障害とニーズを報告して必要な書類を提出する必要がある。

⾼校までと⼤学の場合の違いを⽐較しています。漫然と表出してしまうと,何と何を⽐較しているのか,違いは何なのかがはっきりしません。⽐較であることを意識し,違いのポイントを理解して表出する必要があります。

空間上の配置

ここでは,⽶国と⽇本の障害学⽣⽀援のスタンスの違いをふまえたトピックスを扱っています。⽶国,⽇本,どちらについて⾔及しているのか,そして,話者はどちらの⽴場の視点に⽴って話をしているのかを的確につかみ,訳出に反映させなければなりません。
具体的には,この場⾯で,「⽇本」と「アメリカ」を左右に置く空間上の配置は適切ではありません。話者は⽇本⼈ですから,「⽇本」は,⾃分のほう(⼿前)に配置させてください。
「アメリカ」は,向こう側(対⾯)に配置します。
では,「⽇本」と「アメリカ」を左右に配置するのが適切という⽂脈はどのような場合でしょうか。例えば,研究者が⽇⽶の⽐較をするといった場合は,その研究者が⽇本⼈であっても,客観的な⽴場での⽐較ですから,話者は中央に位置して,その左右の空間上に配置するのがよいでしょう。
このように⽂脈に応じて,空間上の配置位置が異なってくるので注意しましょう。

ポスター発表の通訳場面

起点テクストの内容を理解する

作⽂で使⽤されている言語要素について,表2 に⽰したような50 項⽬の観点に従って分析をしました。・・・そこから得られた数値をz得点という標準得点にしてから,その値を⽤いて分析を⾏いました。

「⾔語要素」と表現する代わりに,具体的な要素の内容をいくつか⽰して,「〜というような50 の項⽬」と表すほうがよいでしょう。
「観点に従って」と⾔葉通りに表しても理解できません。「50 項⽬の観点に従った分析」というのは,50 項⽬それぞれについて作⽂の中に出現する「頻度や出現率を算出」とポスターに書いてあることを予習で頭に⼊れていれば,具体的な表現,例えば「ある・ない・調べる」とか「回数・調べる」などの訳出ができると思います。
「z得点という標準得点」がどういうものかを理解しておき,中央の0 からプラスとマイナスにデータが分かれている様⼦,数直線のようなものをイメージできるような表現がほしいと思います。

専門用語の借用表現

そこから得られた数値をz得点という標準得点にしてから,そのを用いて分析を行いました。

手話単語の中には,日本語としては違う単語でも手話表現が同じである場合が多々あります。このような場合,学術手話通訳においては マウジングが非常に大切になります。例えば,得点・数学・数・算数など,マウジングで区別をします。

意味を捉えた具体的表出

作⽂をいくつかのカテゴリに分類しました。さらにそれぞれのカテゴリに分類された作⽂を三つずつ,3 点ずつ取り出して,・・・課題設定,⽂章校正,叙述,表記の四つの分析観点を設定し,・・・

各カテゴリから作⽂を3 点ずつ取り出したということは,つまりI 群〜VI 群の各クラスターから3 点ずつ,つまり合計で18 点になるわけですよね。18 という数字は 起点テクストには出てこないわけですが,通訳者のほうで,各カテゴリとは何を指しているのかをしっかり理解できていれば,18 という数字がすぐに頭に浮かびますし,こうした具体的な数字を⼊れて訳出することは,通訳の受け⼿にとっても内容が理解しやすくなるわけです。

次に,各クラスターにおける作⽂評定の4 つの観点,「課題設定⼒」,「⽂章校正⼒」,「叙述⼒」,「表記⼒」は,評価観点別の偏差値と観点の相関の分析結果を⾒るうえで⾮常に重要なキーワードです。この4つの⼒の観点から評定を⾏ったという⽂脈が伝わるように訳出してください。表出上の時間的な制約がありますので,4つの観点をすべて⼿話で表出することはできませんが,ポスターの該当箇所の指差しに加えて,「4つ/⼒」もしくは「⼒/4つ」と表すと,通訳の受け⼿には,評定の観点として,表5 のどこを⾒るべきかわかりやすくなります。

⽇本語と⽇本⼿話の違い

k-means 法というのは非階層的なクラスター分析の⼀つで,・・・Ⅱ群に分類された作⽂は,複雑な構文が多く使⽤されていて・・・Ⅰ群とⅢ群では・・固有名詞や口語表現の使用などにおいて…

「⾮階層的」の「⾮」は打ち消しの接頭語で,「階層的でない」という意味です。⼿話表現において,⽇本語の⽂字通りに「⾮/階層/的」と表すと,接頭辞の「⾮」よりも「階層」だけが,通訳の受け⼿の印象に残り,意味が伝わりづらくなります。このため,この例⽂では,「階層的ではない〜」と訳出したほうがよいでしょう。

この部分の訳出は,k-means 法,クラスター分析といった⽤語について,どういった分析なのか図像的に理解できていなければなりません。⾳声⾔語というのは恣意的ですが,⼿話⾔語は極めて図像性が⾼い⾔語です。8 つの部分の因⼦得点の中⼼点に当たる値を求め,その中⼼点に近いものが1 つのクラスター(グループ)となる,というイメージを持てていると,正確な訳出が可能となります。

「複雑な構⽂」の「複雑」とはどういう意味でしょうか。ここでは⽂法的なレベルの⾼い,単⽂よりも複雑な構造を持った⽂章のことを表しています。⼿話で「複雑」と表現すると,「曖昧」と混同してしまって意味が分からなくなるので,⽂意に合わせて「難しい」という⼿話単語を選んでほしいと思います。

「⼝語表現の使⽤」というのは,書き⾔葉が基本である作⽂の中に,話し⾔葉を引⽤するということです。「⼝語表現」+「使う」と表現したのでは意味が分かりません。前提として,書き⾔葉があるということ,つまり作⽂の中に「使う」ということが伝わる表出をしてください。

意味をつかむ

因⼦得点の中⼼点にあたる値を求めて,表3 に⽰しました。表3 では値の⼤きい数値を太字で表し,さらに下線を引きました。すなわち⼤きい数値が⾒られている因⼦というのが,作⽂の特徴を⽰していると考えられます。

表3のそれぞれの群の中で,太字の数値になっているものが中⼼点に近い,つまりその群の作⽂に共通する特徴を⽰している因⼦であるということを伝えなければなりません。それを正しく伝えられれば,その後に続く説明,つまりⅡ群には難しい⽂が多く誤りが少ない,Ⅰ群とⅢ群は固有名詞や⼝語表現に特徴がある,等の分析結果説明は,表と照らし合わせてはっきりと理解することができます。

実験結果を読みこなす

表3では大きい数値を太字で表し,さらに下線を引きました。すなわち大きい数値が⾒られている因⼦というのが,・・・

単純に「⼤きい」+「数」と表すと,正の⽅向に⼤きい数ということになってしまいます。
ここでは絶対値が⼤きいということなので,プラスマイナス両⽅向に0 から遠い数値のことです。数直線のイメージで,0 から遠い点を表現すると分かりやすいでしょう。「⼤きい数値」と聞いたときに,表の中の数値がプラスとマイナス両⽅を含んでいることを思い起こすことができれば,絶対値が⼤きいという意味だと理解できるでしょう。「⼤きい」とは何がどう⼤きいのか,正しく把握して表出する必要があります。

専⾨⽤語を理解する

合計18 編の作⽂について,印象評定による評価を⾏いました。

「印象」をどう表現すれば意味に合うでしょうか。ここまで説明してきた分析を⾏った結果,選び出した作⽂18 点について,学⽣が作⽂を読んだ印象での評価をまとめているわけです。
それまでの分析とは違う,印象による評価という点をはっきりさせるために,「作⽂を読む」という表現を付け加えてほしいと思います。

通訳のための事前準備

通訳者⾃⾝が理解できないことを通訳することはできません。通訳者が理解できていない状態で⾏われる訳出では,ろう者は全く理解できません。⼿話に通訳・翻訳する以前に,資料の読み込みという事前準備が⼤切なのです。資料をどう読むかは⼤きなポイントで,資料を読み込むための読解⼒や理解⼒が必要ということになります。

⼀読しただけでは全く理解できない資料もあるでしょう。しっかり下調べをして,それでも分からない部分は事前の打ち合わせで質問します。また,⾃分なりの理解を述べてそれが正しいか,疑問に思ったことなども確認をしてください。打ち合わせは限られた時間なので,質問の仕⽅にも⼯夫が必要です。

キーワードや専⾨⽤語の⼿話表現については,同じ分野の研究者であるろう者に尋ねたり,あるいは⼿話ができる発表者の場合には,発表者に聞いて確認できる場合もあるでしょう。学術通訳の場合は,話し⼿も聞き⼿も専⾨家である場合が多く,その場合は⼿話通訳者だけが素⼈ということになります。⼿話通訳者だけが学術⽤語の意味を知らないということも多いわけです。

学術⽤語の表出については,マウジングも⼤切です。⼿話+マウジング+資料指差しで,その⼿話表現と資料に書かれている⽤語を結びつけることができます。うまく⽇本語借⽤をしながら通訳をすることも⼤切なのです。ただし,⽇本語通りに⼿話単語を並べるような通訳はやめてください。通訳の受け⼿は,⽇本語⽂を想像し,その意味を考えだすという⼆重の作業が必要になってしまうので,そのような通訳ならば,⽂字通訳の⽅がマシということになりかねません。

  • 群馬大学手話サポーター養成プロジェクト室
  • 関西学院大学 手話言語研究センター
  • 学術手話通訳研修事業