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本用語集は慶應義塾大学教授 松岡和美氏の監修のもと,松岡和美,中野聡子が執筆いたしました。

アスペクト(aspect)

アスペクトとは言語学で使われている専門用語で,動作の持続性のことを言います。例えば,「言葉が広まるというのは,地を這うようにして,隣り合った地域で一方から他方へと言葉が広まっていくわけです。」という文の「広まっていく」を日本手話で表現するには,「広がる」の動詞の手話単語を,スピードを押さえた手の動きで表出することで,長い期間における変化であることを表す進行・継続のアスペクトを表すことができます。

このように,日本手話において文法的アスペクト(grammatical aspect)は,形態素(⇒形態素)の追加,手話動詞の動き自体の変化や,NM表現(⇒NM)によって,動詞が表す行為の様態(行為が完了しているかどうか,進行中かどうか,行為が開始したかどうかなど)を表します(松岡,2015)。

一致動詞

手話の動詞の中で,利き手がある位置から別の位置へ移動することによって、「誰が」「誰を・誰に」という情報も含めて表現できる動詞のことです。その場にいない人の情報を伝達することも可能です。

例えば「叱る」という手話動詞は,話者から相手に向かえば,話者が相手を叱ることになりますが,相手から話者に向けると,相手が話者を叱る意味になり,三人称の位置から話者に向けると,第三者が話者を叱るという意味を表現できます。このように,主語と目的語の両方の情報が表現できます。また,一致する場所は無限にあり、二人称、三人称では状況によって使われる空間位置が変化します。

手話の場合は,動詞によって一致があるかないかが決まっていることも特徴です。例えば,「知る」「好き」などは,一致がなく,常に話者の位置で表現されます。

起点言語・起点テクスト

通訳・翻訳における、訳出する前の原文の言語や文のことです。日本語から手話への通訳であれば、起点言語は日本語になります。

形態素

意味を持つ最小単位のことです。形態素の中には,そのままで語として使うことができるもの(自由形態素)と,ほかの形態素と結合しなければ語として使えないもの(束縛形態素)があります。

複数の形態素が集まった語には「語基と接辞からできる語(派生・屈折)」と「語と語からできる語(複合語)」のタイプがあります。

サイニングスペース(signing space)、手話空間

手話が表出される空間のことを,サイニングスペース(手話空間)と言います。サイニングスペースは,原則として,上下は話者の頭上からウエスト位置まで,左右は話者の肘の外側までを囲む範囲になります。このうち,話者の正面中央あたりの特別な標識を持たない空間をニュートラルスペースと言います。

サイニングスペース内には、文法的な役割を果たす8つの位置があります。それらの位置は、指差しの方向や特定の手話単語の位置、一致動詞の運動の起点と終点などと結合することによって、代名詞的接辞として機能します。すなわち,指示物は,談話中,同一の位置に維持されるわけではなく,時間的空間的な場面の転換に伴って,位置の再設定が行われるということになります(小薗江・木村・市田、2003)。しかし,一般的な手話通訳者の訳出表現においては,このような文法的装置としての空間位置の使い分けがなく,ニュートラルスペース内のみでの手話単語表出となる現象がよくみられます。

辞書形

文において文法的な意味や機能の違いを表すため,1つの語が異なる複数の形に変化することがあります(語形変化)。語形変化が生じる前の「基本形」(lemma)を辞書形と言います。辞書に掲載されている見出し語と考えるとよいでしょう。例えば,五段活用として学校で習った“書かない−書きます−書く−書けば−書こう“の辞書形は“書く”であり,下線部が語形変化の部分です。日本手話においても,数,人称,格,アスペクトに応じて,辞書形に手型・位置・運動の変化やNM表現(⇒NM)が加わることで語形変化が生じることがあります。動詞の一致現象もその一つです(⇒一致動詞

自動詞

主語自身の動きを表す動詞のことで,目的語を必要とせず,動詞の表す動作や作用が他のものには及びません。例えば,(Xが)立つ・座る・壊れる,などです。(⇒他動詞

借用

ある言語が他の言語から要素(おもに語)を借りることで,「外来語」とほぼ同じ意味と捉えてかまいません。学術手話通訳においては,専門用語等,起点言語からの借用が多くなります。手話言語において音声言語(あるいはその読み書き)からの借用の手段には、マウジング(⇒マウジング)、指文字、指文字語、漢字語、などさまざまな方法があります。

弱化・保持の消失

手話言語にみられる音韻変化のひとつで、複合語でみられる現象です。

例えば,「教育センター」は,「教育」「センター」の2つの要素で構成されている複合語です。一続きの流れで「教育センター」と手話表出をするときは,それぞれ単独の単語として表出するときと異なり,1つめの「教育」ははっきりした静止がなくなり,手の動きが弱まって,2つめの「センター」という動きにつながっていくという音韻変化が生じます。これを弱化・保持の消失と言います。

なお,利き手と体の一部との接触がある場合には、弱化・保持の消失は起こりません。

接続表現

「だから」「でも」「~ならば」といった接続を表す手話単語もありますが,日本手話においては,NM(⇒NM)を使って前後の文の意味的な関係を示す表現方法もあります。全く同じ手指表現が使用される文であっても、NM表現の違いで「順接」「逆接」「条件節」「因果関係」などの接続関係が異なり,まったく違った文意となります。

具体的には,「順接」(~だから)の場合は頭が前に出るような大きなうなずきがあり,「逆接」(~なのに)の場合は頭の動きが止まり、そこから後ろに引いて、うなずきで戻すような動きと、文末に目の見開きが見られます。

「条件節」(~ならば)の場合は条件の部分に眉上げと頭を少し前の位置に出した位置での固定が見られ,「因果関係」(~のため)の場合は原因となる文の後に素早いうなずきが現れます(松岡,2015)。

態度的極性

話題について,話者が良いことと感じているか悪いことと感じているかを指す言葉です。手話においては,眉上げまたは眉よせによって表現されます。

例えば、「服が安い」というとき、話者が『安い』ということを、得をしてよかったと感じている場合は眉上げが、質が悪くて損をしたというように悪いと感じている場合は眉よせが現れます。

他動詞

目的語を必要とする動詞で,日本語で言うところの「を」や「に」を必要とします。(XがYを)見る・持つ・買う,などがこれにあたります。

段階的形容詞

形容詞のなかには,大きい-小さい,上手-下手,うれしい−悲しい,などのように程度や段階が含まれるタイプがあり,これを段階的形容詞と言います。

日本手話において段階的形容詞が強調される文脈で使われると、形容詞が持つ意味と関連して「ho」と「hee」という異なった口型が現れます。

「ho」はプラスの意味的性質をもち(大きい・上手・うれしい等),「hee」はマイナスの意味的性質をもちます(小さい・下手・悲しい等)。

ニュートラルスペース

話者の正面中央あたりの特別な標識を持たない空間のことを指します。
(⇒サイニングスペースを参照してください)

モダリティ

法性,様相性とも言います。文に含まれている事柄や情報、出来事などについて、話し手の判断や感じ方を表現するものです。

例えば,「〜かもしれない」「〜だろう」といった可能性や蓋然性に関わる認識様態のモダリティにおいて,アカホリ他(Akahori et al., 2013)は日本手話の10種類のモダリティ表現を取り上げています。手話のモダリティ表現においては,手指表現のみならず,NMで意味の強弱の変化を調整していることも大きな特徴です。

複合語

独立した語が2つ以上結合して,新たに1つの語としての意味・機能を持つようになった語のことを言います。例えば,「言語系統」という複合語は,「言語」と「系統」の2つの語が結合したものです。

学術手話通訳では,専門用語の訳出において,借用表現(⇒借用)を取り入れた複合語が多出します(例:逆ポーランド記法)。このときに注意したいのが,複合語では,2つ以上の構成要素が結合する際に,手の動きの弱化・保持の消失(⇒弱化・保持の消失)や語中音添加といった音韻変化が生じることです。訳出において,このような音韻変化を伴わず,各構成要素の語をそのまま並べて表現してしまうと,全体を1つの単語(複合語)とは解釈できず,それぞれ独立した語のように解釈され,意味が分かりにくい表出になるので,注意が必要です。

文末コピー

日本手話において,文の最後の指差しにより,主語である人やものを指すことを文末コピーと言います。文末コピーを用いることで、自動詞(⇒自動詞)と他動詞(⇒他動詞)に対応する意味を伝えることができます(木村2011、岡・赤堀2011)。 例えば,“/あなた/本/破る/”という手話表現の最後に「あなた」を指さすと(PT-2),「あなた」が主語なので,「あなたが本を破りました」(破る:他動詞)という文になります。最後に「本」を指さすと,「本」が主語なので,「あなたの本が破れました」(破れる:自動詞)という文になります。

このように,日本手話では文末コピーによって、自動詞か他動詞かの区別ができます。

マウジング(mouthing)

口型は手話言語の構成要素のひとつであり、手話言語独自のマウス・ジェスチャー (mouth gesture) と、音声言語由来のマウジング (mouthing) があります。ここでは、後者のマウジングについて説明します。マウジングとは,音声言語の音節を視覚的に口型で表出することで(Lule, D. & Wallin, L., 2010),ほとんどの場合は手話と同時に生じます。学術性の高い場面の手話による談話では,専門用語等を借用表現(⇒借用)により伝わるようにする,キーワードを強調する,同一表現の手話単語の意味を区別する(例:測定する,計測する,調査する,検査する,確認する),といったときなどにマウジングが多用されます。

目標言語

通訳・翻訳において、訳出しようとする言語のことを言います。日本語から日本手話への通訳であれば、目標言語は日本手話となります(⇔起点言語)。起点言語,目標言語のどちらかが母語もしくは第一言語ということになりますが,一般的には,目標言語が母語や第一言語である場合のほうが、通訳が容易であると言われています。日本語から日本手話への訳出において,ろう通訳者の訳出表現がわかりやすいと言われるのは,彼らの母語が日本手話だからということになります。

レジスター(register)

「言語使用域」「位相」とも言われます。特定の目的や社会的場面に合わせて言葉遣いが変わることを言います。例えば、同じ学術分野同士の間では、専門用語、専門知識、理論、仮説、推論、研究手法、先行研究・学説史などが共有されており、これらについて語られるときに、独特の用語や表現が用いられることになります。

通訳においては,言語間,言語使用者間の文化的な差異を考慮する必要があるとされていますが,学術手話通訳では,同じ専門分野同士で共有されるレジスターに忠実であることのほうが優先されることになります。

レファレンシャル・シフト(referential shift)、指示対象のシフト

語彙的・空間的な手段により,視点の変化を表す文法的装置のことで(Emmorey, 2002),手話の話者が1人で何人もの話し手の役割を担い,引用された発話の話者や描写された行動の動作主の表情や動きを演じます。引用型のシフトと行動型のシフトの二つのタイプがあります(市田,2005c;岡・赤堀,2011;木村,2011;松岡,2015)。

引用型RSは,過去の自分や、他人の考えや感じ方などを直接引用して表現するものです。例えば,「勉強やってるの?」「やってるって」といったやりとりをそのまま引用して表現するものがこれにあたります。

行動型RSは、別の人の体の動きや話し方、顔の表情など、実際にあった場面について,自分がその行動の主体であるかのように表現します。例えば,「いつも帰宅すると,妻がかばんを受け取ってくれる。」の文において,妻の動きや表情を再現するかのように表現します。

ネイティブサイナーは目線の変化や頭の動きなどで,どこからどこまでがRSなのか判断しています(松岡,2015)。

CL

手話言語のCL(Classifier)は,ものの動きや位置,形や大きさなどを,手の動きや位置,形に置き換えるものであり(木村・市田,2014),例えば,人が歩く様子や方向や,細長い/厚みがあるといったものの形状を表すには,決まった表現方法があります(岡・赤堀,2011)。CLはジェスチャー的・図像的な性質と,文法に関わる性質の両方を併せ持っています(松岡,2015)。

CL表現は,CL手型・その動き・その位置の各要素が結びついて意味をもっていて,複数の形態素から構成されています。(Emmorey, 2003;市田, 2005)。例えば,「車」を表すCL手型の動かし方で,車の移動した軌跡や出発・到着地点を表現することができます。また,人の二本足を表現するCL手型の動かし方によって,「よちよち歩く」「早く歩く」「階段を上る」などのCL動詞として使うことができます。

CLを使う際には,手型とともに重さや質感を表すNM(⇒NM)にも注意が必要です。例えば,細長いものを表す場合には話者の目が細くなって頬がくぼむのに対し,厚みのあるものでは頬が膨らむ,といった規則があります(岡・赤堀,2011)。

NM

日本手話表現で使われる手指以外の要素のことで,「NMM」とも呼ばれます(”non-manual markers” の略)。顔の表情(眉、まぶた、視線、口型)、頭や上体の動きなどがあります。顔の表情には,手話言語においても話者の感情を伝達する機能もありますが,NMには、一般的な身振り的機能とは区別される文法的な機能があります。具体的には、副詞的な意味を付け加える機能、節構造やモダリティ(⇒モダリティ)などを標示する機能です。特に後者は、音声言語のイントネーションに相当すると考えられています。

  • 群馬大学手話サポーター養成プロジェクト室
  • 関西学院大学 手話言語研究センター
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