学術手話通訳よもやま話4 Talk

大学の障害学生支援における手話通訳

日本の初等・中等・高等教育において,聴覚障害の生徒・学生が,手話通訳を利用して障害のない学生と同じ場で学ぶことは,海外に比べて一般的ではありません。日本の高等教育の場面では,手話通訳よりも,手書きやパソコンを利用したノートテイクによる支援が普及しています。そこには,手話通訳者養成に関わる2つの背景があります。

1つは,大学の授業やゼミのような学術性の高い内容に対応できる手話通訳者はとても少なく,手話通訳を必要とする授業やゼミに配置できる手話通訳者が足りない,ということです。障害のない学生と同等の教育機会を提供するためには,手話通訳を配置するだけでなく,その通訳によって障害のない学生とほぼ同等といえる情報伝達がきちんと行われているかどうかにも注意を払う必要があります。

もう1つは,学内の学生を手話通訳者として養成するのは非常に困難,ということがあります。日本手話は,日本語とは異なる文法体系を持った言語です。日本手話を習得した上で手話通訳のスキルを身につけるとなると,ノートテイクのように一般の学生が数時間〜数日の講習で技術を身につけるというわけにはいきません。そして,諸外国と異なり,日本では大学および大学院で手話通訳を養成するための専門のコースが設けられていないということもあります。このような状況から,手話通訳を提供するには外部からの派遣に頼らざるをえず,ノートテイクに比べて人件費などのコストもあがります。

筆者の勤務する大学でもこのような手話通訳をめぐる問題に直面しています。聴覚障害学生自身の発表やディスカッションなどの即時的やりとりを必要とし,手話通訳でないと対応しづらい場合や,十分なスキルをもったノートテイカーの学生が集まらず,手話通訳の方が質的に高い情報伝達ができそうだといった場合に限定して,手話通訳を配置しています。聴覚障害学生とコーディネーターの間で,利用可能な手話通訳とノートテイカーの人材を考慮しつつ,2つの支援のどちらを使うか,あるいは両方を使うか,ぎりぎりまで検討するということも少なくありません。

また,学術性の高い内容において質の高い手話通訳を実現させるためには,手話通訳を利用する聴覚障害学生自身の準備と,支援室からのサポートやフォローが大切です。聴覚障害学生には,主に専門的内容に関して,通訳者が事前に知識を蓄積できるように資料や参考書を紹介する,また自身の発表に関しては,通訳者と事前に打ち合わせの時間をとる,といったことをしてもらうようにしています。聴覚障害学生側にも,学術手話通訳のユーザーとして,専門知識を持たない手話通訳者に学術手話通訳を行ってもらうためのノウハウを身につけてもらえるように,支援室の担当者はサポートしていく必要があります。

そして,手話通訳者の人材リソースが足りないという問題は,地域全体に関わることでもあります。これからの大学の障害学生支援室は,ただ地域の手話通訳派遣団体に通訳者の派遣を要請するだけでなく,地域のろう者の生活のための手話通訳派遣の現状や課題を共有し,地域と連携しながら手話通訳者の基礎スキルを高める取り組みを行っていかなければ,少ないパイの取り合いとなってしまいます。平成29〜30年度「学術手話通訳のための実践セミナー」(計3回)は,先進的な障害学生支援や手話言語研究プロジェクトを推進する関西地域の5大学・機関・事業が連携して開催されました。こうしたセミナーの開催により,日本語から日本手話への訳出スキルや,発表形式に応じた通訳スキル,事前準備スキルを身に着けた手話通訳者を,関西地域の大学で共有人材リソースとして活用できるように発展させていければと考えています。そして,ここで手話通訳者が学んだスキルは地域の通訳場面においても必要な基礎スキルとしても役に立ちます。大学の障害学生支援室と地域が一体となって,スキルの高い手話通訳者の人材養成に取り組んでいけたらと思います。

(中野 聡子)

  • 群馬大学手話サポーター養成プロジェクト室
  • 関西学院大学 手話言語研究センター
  • 学術手話通訳研修事業