セレスコヴィッチの「意味の理論」から考える手話通訳とは
人間の脳内ではどのような通訳作業が行われているのでしょうか。
1)何らかの意味を持った発言を耳で聞き,これに分析と解釈をくわえて,メッセージを理解する。
手話通訳の場合は,「目で見て」というのもありますね。
つまり,起点言語の発話を聞いて,あるいは見て,そのメッセージを理解する,というのがまず第1段階になります。
2)直ちにしかも意図的に,使われている個々の単語,言葉づかい・表現を捨て,そのメッセージに示された概念・考え・意見・思想・情報のみを維持する。
一旦,メッセージを理解した後は,起点言語の表面的なことばや表現にとらわれず,通訳として伝えるべき内容を整理します。
これが第2段階です。
3)もとのメッセージ全体を表現していて,受け手に合っているような形で,新たな発話を目標言語で作る。
第3段階では,2)で整理した内容を,起点言語の単語にとらわれず目標言語として訳出します。
このような作業をするためには,起点言語を,文全体として理解できる力が必要となります。
あらゆる通訳は,基本的にこのような通訳作業過程を経て,起点言語から目標言語に変換を行っています。
ミクロレベルでの置き換え
学術通訳の場面では,術語(専門用語)の取り扱いに注意する必要があります。
コンテキストに応じて,それぞれの専門分野に合った術語として,訳出しなければなりません。
音声日本語から日本手話へ専門用語を訳出する際の表現のポイントはいくつかあるのですが,当該分野で用いられている術語の手話表現がない場合は,漢字等を適宜借用することや,借用表現であることを示す非手指表現(NM表現)を伴うことなどが,これにあたります。
「国語学入門(専門基礎)」解説
起点言語から目標言語へ,いかに訳出するかが大切になってきます。
マウジング(1)
日本語を借用している場合にはマウジングが必要です。
例えば,「読まん」「書かん」であれば,打消しの手話表現とともにマウジングは「ヨマン」「カカン」となるべきです。
それを通訳者が「ヨマナイ」「カカナイ」と変えてしまっては,正しい情報保障をろう学生が得られないということになります。
時間軸を使う
/以前/という手話を入れれば,時間の流れの話だと分かるので,/中/にマウジング「チュウセイ」とつけるだけで中世のことだと伝えられます。指文字を使わなくても,時間軸と空間をうまく使うことでろう学生にとって見やすく,理解しやすい表現ができます。
マウジング(2)
自分のいる場所を頭に置いて,西日本にいれば東日本は左上に,東京にいれば西日本は右下に表現します。
日本語は文字と音が対応しているので,マウジングが有効。「ヨマン」とマウジングをつけて,「ん」がもともと「ぬ」であった,と表現できます。
マウジング(3)
「ん」の時は,口をしっかり結ぶ形が大切です。
短く分かりやすく
『終止形』のような専門用語は,マウジングを使います。映像イメージで表現すれば,短い手話で分かりやすい表現ができます。
適切な表現
通訳を利用しているろう学生に手話表現を確認したうえで,意味に合う手話に変えましょう。
時間の経過
時間的な流れは,左から右へと連続的に横移動しながら表現していきます。縦方向の表現では違和感があります。
打消し表現
「へん」と指文字で表すのでなく,マウジングで「ヘン」と表し,同時に,首を左右に振ります。また手も左右に振り,打消しの意味を表します。
指差しや目線の有効活用
目の前にいる学生のことなので,実際に学生を指さすことが必要です。目線も学生を見渡します。そうすると,手話通訳を見ているろう学生は,周りの学生の話だと理解することができます。
マウジング(4)
国語学の授業の場合は,手話に加えて,マウジングをはっきり示すことが大事です。学生がもつ専門知識と手話が一致する必要があります。加えて手話らしい表現であれば,非常にスムーズに理解できます。
手話表出におけるスライドの活用
大学の授業では,スライドを使って説明されることが多いのですが,手話通訳も,スライドに示されている情報をうまく活用しながら訳出していくことが大切です。
例えば,この場面では,手話で表しにくい日本語の方言がたくさん出てきます。
実際にはそれらの方言はスライドに示されています。
例えば,「まむし」。通訳者はまずスライドを確認し,指差しをしてから,マウジングで「マムシ」と表します。あるいは,「こおてきて」。「買う」の手話,マウジングで「コオテキテ」と表したのち,スライドを指さします。
ろう学生は通訳だけでなく,自分の目で提示されている資料も確認したいと思っています。なので,手話通訳者もスライドに視線を送りつつ,指差しはろう学生の視線とつながるようにします。スライドをうまく活用することで,ろう学生は,スライドの日本語と手話通訳を結び付けることができます。
このように,提示された資料を上手に利用するスキルを身に着けてください。
話題転換の明示
話題転換するときには,そのことが分かる手話を入れて,切れ目が分かるようにしてほしいです。このときに,表情でも話題転換を示唆する必要があります。大学の講義は例示が多いと思います。例示の仕方が切れ目ないと話が繋がっていると思ってしまい,見ているほうは混乱します。
マウジング(5)
そのものを指す日本語は,スライドや資料があるので,わざわざ指文字で表現する必要はなく,マウジングで事足ります。
空間位置を考える
「都」,日本の中心と言えば,昔は京都でした。そのことに気づき,表現に反映させることが必要です。
板書を活用
先生がもし板書しているのであれば,専門的な言葉も,わざわざ手話で表す必要はなく,その板書を指差しをして,「~と言います」で終わって構いません。それに表情があれば,学生は,そういった専門用語があるということに気づけ,あとで自分調べようという気になります。
メタファーの表現(1)
「~ように」といったメタファーの場合,わざわざ原文を表現する必要はありません。そのメタファーが表す意味を表します。ただし,メタファーそのものを説明するときには,原文を表す必要があります。原文を伝えるのか,それとも要らないのかは,手話通訳者が判断します。
メタファーの表現(2)
ここでのメタファーも時間があれば表現して構わないのですが,時間がないのであれば省いても構いません。通訳者の力量次第です。
CLと専門用語の表現とのバランス
日本の地形が「南北東西に長い」と表すときには,「細長い」という説明は不要で,南北の場所を指差しすればいいです。そういった位置関係をCLで表すと,ろう学生にとってはわかりやすく,なおかつ,それを表す専門用語があることが分かります。学術の場合は,この2つをバランスよく考える必要があります。地域の生活に関する手話通訳とは,翻訳という面では同じですが,知識などの条件が同等レベルにいる学生が対象で専門知識をきちんと表現することが大事という点で違います。また,ろう学生が使っている手話の表現をもらうことも大切です。